福岡高等裁判所 平成7年(行コ)7号 判決 1997年10月28日
北九州市小倉北区末広一丁目九番一一号
控訴人
永久敏幸
右訴訟代理人弁護士
河邉真史
同
三浦久
同
吉野高幸
同
荒牧啓一
同
前田憲徳
同
蓼沼一郎
同
中村博則
同
秋月愼一
同
仁比聰平
同
縄田浩孝
同
前野宗俊
同
高木健康
同
配川寿好
北九州市小倉北区萩崎町一番一〇号
被控訴人
小倉税務署長 大野勝義
右訴訟代理人
田川直之
同
富岡淳
同
畑中豊彦
同
岡本修一
同
石山敏郎
同
石井尚之
同
田島敏行
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が控訴人に対して昭和六二年二月二三日付けでなした昭和五八年分所得税の総所得金額を一二七八万二四三五円、同年分の過少申告加算税額を一五万四五〇〇円、昭和五九年分所得税の総所得金額を九三七万一〇一五円、同年分の過少申告加算税額の一三万七〇〇〇円、昭和六〇年分所得税の総所得金額を九九七万四三〇七円、同年分の過少申告加算税額を一五万二〇〇〇円とした各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額が昭和五八年分につき八八二万〇二八九円、昭和五九年分につき六四一万五三九八円、昭和六〇年分につき六七四万一〇〇七円をそれぞれ超える部分の各更正処分及び右各総所得金額を超える部分に対応する右各年分の過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
三 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して昭和六二年二月二三日付けでなした昭和五八年分所得税の総所得金額を一二七八万二四三五円、同年分の過少申告加算税額を一五万四五〇〇円、昭和五九年分所得税の総所得金額を九三七万一〇一五円、同年分の過少申告加算税額を一三万七〇〇〇円、昭和六〇年分所得税の総所得金額を九九七万四三〇七円、同年分の過少申告加算税額を一五万二〇〇〇円とした各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額が昭和五八年分につき二二五万四八三四円、昭和五九年分につき二一八万六三三〇円、昭和六〇年分につき二五四万一九二七円をそれぞれ超える部分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
次のとおり補正するほかは、原判決の事案の概要(二枚目裏末行から一〇枚目表一〇行目までに記載)のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決三枚目裏一〇行目「であり」の次に「(仕入先別の仕入金額は別紙(各年分仕入金額明細表)のとおりである。)」を加える。
二 原判決六枚目表初行の次に改行して、次のとおり加える。
「すなわち、控訴人は、市場から仕入れた商品(以下「市場仕入分」という。)では得意先の注文に応じきれない場合に、同業者から現金で商品を購入し(以下「現金仕入分」という。)、これを得意先に販売していたものであるところ、現金仕入分は、注文のあった商品の不足分を追加して仕入れるのであるから売れ残りが発生する余地がないのに対し、市場仕入分は、得意先から事前に注文を受けて仕入れるものではなく、控訴人の経験と勘に基づき仕入れるものであって、売れ残り商品の発生は防ぎ難い。ところが、被控訴人の推計方法は、現金仕入分のうち仕入伝票と売上伝票とが符号するものを抽出して、原価率を算出したものであり、仕入れが全部売上げに結びついていることを前提とするものである。したがって、市場仕入分と現金仕入分との原価率が同一であることを前提とする推計方法は不合理である。ちなみに、昭和六〇年一月の市場仕入分のうち商品名と仕入れ金額が特定できるものに限って、仕入金額と売上金額の対応関係を調べてみると、原価率は八四・五二パーセントである。」
三 原判決八枚目裏七行目「理由で」の次に「同額と推定し、右各年分の売上原価の額は」を加える。
四 原判決九枚目表四行目「三六〇九万六四二三円」を「三六〇九万六四一三円」と改める。
第三当裁判所の判断
一 原価率による推計の合理性について
1 立証責任
被控訴人は、昭和六〇年分の総仕入金額を現金仕入れに係る原価率で除することにより同年分の総売上金額を推計しているところ、右推計が一応の合理性を有するということができるのは、右総仕入金額の八割余を占める市場仕入分について売れ残りや投げ売りがないこと、又は仮に売れ残りや投げ売りがあっても原価率に有意の差が生じない程度のものであったことが立証された場合に限られるというべきである。その理由は、魚介類小売業者が販売する生鮮品には売れ残って処分されるものが不可避的に生じるのが通常であると考えられるから、右小売業者の販売形態が売れ残りを生じさせないものであるとか、仮に売れ残りが生じても損失としては無視できる程度のものであることを、被控訴人に立証させるのが当事者間の公平にかなうからである。
2 控訴人の昭和五八年から昭和六〇年までの仕入れ及び販売形態
原判決一〇枚目裏四行目から一一枚目裏七行目までの記載のとおりである(ただし、一〇枚目裏末行「原告」から一一枚目表初行「二回」)までを「原審(第一回)及び当審控訴人本人」と、同七行目「五〇〇〇円」を「一万円強」とそれぞれ改める。)から、これを引用する。
3 売れ残りの有無と現金仕入れに係る原価率による推計の合理性
証拠(甲一六の7ないし9、一七の7、8、一八の9ないし11、一九の4、二〇の7ないし9、二二の2、3、二三の4、二四の3、二五の5、6、二六、二七の3、二八の1、2、九二の1ないし23、九三の1の1、2、九三の2ないし4、九四の1ないし4、九五の1ないし5、九六の1の1ないし6、九七の1の1、2、九七の2ないし5、九八の1ないし5、九九の1ないし1ないし3、九九の2ないし7、一〇〇の1、一〇〇の2の1、2、一〇〇の3ないし7、一〇一の1、2の各位1、2、一〇一の3ないし7、一〇二、一〇三の1の1ないし3、一〇三の2ないし6、一〇四の1、2、一〇四の3の1、2、一〇四の4ないし7、一〇五の1の1ないし4、一〇五の2の1、2、一〇五の3ないし8、一〇六の1の1、2、一〇六の2ないし5、一〇七の1ないし8、一〇九の1ないし8、一一〇の1ないし8、一一一の1ないし4、一一二の1、2の各1、2、一一二の3ないし6、一一三の1ないし3、一一四の1の1ないし3、一一四の2ないし6、一一五の1の1ないし4、一一五の2ないし5、一一五の6の1、2、一一六の1の1、2、一一六の2ないし6、一一七の1ないし5、一一八の1ないし4、一一九の1、2の各1、2、一一九の3ないし6、一二〇の1ないし6、一二一の1の1、2、一二一の2ないし4、一二二の1ないし4、一二三の1ないし4、一二四の1ないし5、一二五の1の1、2、一二五の2ないし6、一二六の1ないし5、一二七の1の1、2、一二七の2ないし5、一二八の1の1、2、一二八の2ないし7、一二九の1の1、2、一二九の2ないし4、一三〇の1、2の各1、2、一三〇の3ないし6、一三一の1の1、2、一三一の2ないし6、一三二の1の1、2、一三二の2ないし6、一三三の1ないし5、一三四の1の1、2、一三四の2ないし4、一三五の1の1ないし4、一三五の2ないし5、一三六の1ないし4、一三七の1の1、2、一三七の2ないし5、一三八の1、一三八の2の1ないし3、一三八の3、4、一三九の1ないし22、一四〇の1ないし26、一四一の1ないし4、一四二の1ないし6、一四三の1ないし5、一四四の1の1、2、一四四の2ないし5、一四五の1ないし5、一四六の1ないし3、一四七の1ないし5、一四八の1ないし7、一四九の1ないし3、一五〇の1ないし5、一五一の1ないし4、一五二の1ないし5、一五三の1の1ないし3、一五三の2ないし6、一五四の1の1、2、一五四の2ないし5、一五五の1ないし3、一五六の1ないし6、一五七の1の1、2、一五七の2ないし5、一五八の1の1ないし3、一五八の2ないし6、一五九の1の1、2、一五九の2ないし6、一六〇の1ないし4、一六一の1ないし5、一六二の1、一六二の2の1、2、一六二の3ないし7、一六三の1ないし5、一六四の1ないし5、一六四の1ないし5、一六五の1の1、2、一六五の2ないし5、一六六の1ないし6、当審控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると、控訴代理人は、市場仕入分に売れ残りが生じることを立証するために、昭和五九年一〇月から一二月までの得意先への納品伝票控えと仕入先から控訴人に対する納品請求書、納品書、売渡票等に基づき、仕入商品と得意先への売上げを対応させた集計表を作成したことが認められる。これに対し、被控訴人は、平成九年五月一二日付け準備書面(二)の別表一において集計表で当日の売上げに記載漏れがあるものを指摘し、同別表二において集計表で翌日等に売り上げたと認められるものを指摘している。
そこで、被控訴人による指摘を考慮して集計表を補正した上で、売れ残り商品と認められるものを拾い出し、その代金額が全仕入商品代金額に占める割合(売れ残り率)を試算した結果は、別紙売れ残り品一覧表一ないし三の売れ残り率欄に記載のとおりである(ただし、当審控訴人本人尋問の結果によれば、昭和五九年一二月一七日に仕入れた本丸(ふぐ)は翌日売れた可能性があること、同年一二月三〇日仕入分については得意先が休みであり、全部正月用に一般客に売ったことが認められるので、前者は売れ残りとは扱わず、後者は集計対象から除外した。また、同年一〇月一四日分の集計表(甲一四〇の12)の第三欄「ハマチ」以下の欄の記載は同年一一月一四日に仕入れた商品に関する記載であると認められるので、集計対象から除外した。)。
右試算結果に加えて、集計表において売上代金額が仕入代金額より明らかに少ない商品については一部売れ残りがあったと推測できることを考えると、少なくとも仕入代金の一割の売れ残りが発生することは不可避と認められる。当審控訴人本人尋問の結果によれば、たこ、さざえ、穴子等翌日の販売が可能なものがあること、生きのよいひらめやふぐ等を生け贄(容量は、ひらめで二匹、小ふぐで二〇匹程度のもの)に入れて翌日販売することがあること、売れ残り品を一般客に販売することがあることが認められるが、同尋問の結果によれば、これらの売上げが全体に占める割合はわずかであることも認められるので、右事実は前記認定を左右するものではない。そして、昭和五八年から昭和六〇年までの間に控訴人の営業形態が変更されたことは認められないから、右期間を通じて市場仕入分については仕入代金の一割相当の商品が売れ残った可能性があったと認められる。
そこで、被控訴人による昭和六〇年分の推計の合理性について検討するに、被控訴人は、控訴人の昭和六〇年分の総仕入金額二五四五万〇六六六円(市場仕入金額が二一五九万八一七七円、現金仕入金額が三八五万二四八九円であることは争いがない。)を現金仕入れに係る売上原価率〇・六七三三で除することにより同年分の総売上金額を三七七九万九八九〇円と推計している。しかし、仮に市場仕入分の売上原価率も現金仕入れに係る原価率と同じ〇・六七三三であると想定して、その一割が売れ残るとすると、市場仕入分の売上金額、右市場仕入金額に〇・九を乗じ、更に〇・六七三三で除した結果である二八八七万〇二七九円となり、また、現金仕入分の売上げ金額は、右現金仕入金額を〇・六七三三で除した結果である五七二万一八〇一円となるから、同年分の総売上金額はその合計額である三四五九万二〇八〇円となる。これは、被控訴人主張の総売上金額より三二〇万七八一〇円少ない額であるから、控訴人の昭和六〇年分の総所得金額は、被控訴人主張の一〇一九万六四八〇円より三二〇万七八一〇円少ない六九八万八六七〇円ということになる。そうすると、市場仕入分について売れ残りを考慮しない被控訴人主張の総所得金額は、市場仕入分について一割の売れ残りを考慮した場合の総所得金額の一・四倍を超えるものになっており、売れ残りにより控訴人が被る損失は無視できる程度のものとは認め難く、被控訴人による推計方法が合理性を有するとは到底いい難い。そして、昭和五八年分及び昭和五九年分の推計は、昭和六〇年分の推計結果に依拠しているのであるから、これらについても推計の合理性は認め難い。
二 控訴人の総所得金額について
1 昭和六〇年分
(一) 売上原価
昭和六〇年分の総仕入金額が二五四五万〇六六六円(市場仕入金額が二一五九万八一一七円、現金仕入金額が三八五万二四八九円)であることは当事者間に争いがない。そして、棚卸額については特段の資料もなく、これを実額で把握することは困難であるところ、控訴人の業態からすると、年初、年末の棚卸額を同額と推定して右総仕入金額をもって同年分の売上原価とするのが相当である。
(二) 総売上金額
右金額についての被控訴人主張の推計方法に合理性を認め難いことは前説示のとおりであるが、控訴人は、右金額は三四三四万四四一七円である旨主張しており、これに証拠(甲七、九)を併せ考えると、昭和六〇年分の総売上金額は右主張金額を下回ることはないものと認められる。
(三) 必要経費
当裁判所も、必要経費は一七一万二四三八円であると判断するが、その理由は、原判決四四枚目表二行目から四五枚目裏七行目までに記載のとおりである(ただし、四四枚目表七行目、同裏五行目、四五枚目表六行目、同一〇行目の各「供述」の次にいずれも「(原審第一回)」を加える。)から、これを引用する。
(四) 営業所得金額
総売上金額三四三四万四四一七円から売上原価二五四五万〇六六六円及び必要経費一七一万二四三八円を控除した七一八万一三一三円が控訴人の営業所得金額となる。
(五) 控除前所得金額及び総所得金額
昭和六〇年分の雑収入が九六九四円であることは当事者間に争いがないから、営業所得金額にこれを加算して控除前所得金額を求めると、七一九万一〇〇七円となり、これから伸子の事業専従者控除額四五万円を控除した六七四万一〇〇七円が控訴人の昭和六〇年分の総所得金額となる。
2 昭和五八年分及び昭和五九年分
(一) 売上原価
右各年分の総仕入金額を昭和六〇年分の市場仕入率により推計する方法が合理的であること及び右方法により算出した総仕入金額についての当裁判初の認定判断は、原判決四九枚目表四行目「右認定」から同裏六行目までのとおりである。(ただし、四九枚目表四行目「右認定事実によれば」を「前記」2のとおり、控訴人の仕入れ及び販売形態は、昭和五八年から昭和六〇年まで変化がなかったものであるところ」と改める。)から、これを引用する。
そして、昭和五八年及び昭和五九年分の年初、年末の棚卸額については、昭和六〇年分と同様の理由で同額と推定し、右各年分の売上原価の額は、右各総仕入金額と同額とするのが相当である。
(二) 総売上金額
右各年分の総売上金額を昭和六〇年分の売上原価率でもって推計する方法が合理的であること及び右方法により算出した総売上金額についての当裁判所の認定判断は、原判決四九枚目裏九行目から五〇枚目表八行目までのとおりである(ただし、五〇枚目表五行目「前判示」から同六行目「パーセント」までを「昭和六〇年分の売上原価率七四・一パーセント(売上原価の額二五四五万〇六六六円を総売上金額三四三四万四四一七円で除して求めたもの)」と、同七行目「四八三七万二〇三五円」を「四四〇二万四四二八円」と、同八行目「三六〇三万七五三七円」を「三二七九万八五三六円」とそれぞれ改める。)から、これを引用する。
(三) 営業所得金額
前認定のとおり、控訴人の仕入れ及び販売形態は、昭和五八年ないし昭和六〇年の間に変化がなかったのであるから、その間の総売上金額に対する営業所得金額の割合(以下「営業所得率」という。)も変化はなかったものと認めるのが相当である。そして、他に昭和六〇年分の営業所得率でもって昭和五八年及び昭和五九年分の各営業所得金額を推計することに不都合な点はうかがわれないから、右推計方法は合理的なものとして是認し得る。そして、昭和六〇年分の営業所得金額七一八万一三一三円を総売上金額三四三四万四四一七円で除することにより同年分の営業所得率を求めると、二〇・九パーセントとなり、これを昭和五八年分及び昭和五九年分の総売上金額に乗じて右各年分の営業所得金額を算出すると、しょうあ五八年分が九二〇万一一〇五円、昭和五九年分が六八五万四八九四円となる。
(四) 控除前所得金額及び総所得金額
雑収入が昭和五八年に一万九一八四円、昭和五九年に一万〇五〇四円あったことは控訴人の自認するところであるから、右(三)の営業所得金額にこれを加算して控除前所得金額を求めると、昭和五八年分が九二二万〇二八九円、昭和五九年分が六八六万五三九八円となる。そして、昭和五八年分の総所得金額は、同年分の控除前所得金額から伸子の事業専従者控除額四〇万円を控除した八八二万〇二八九円となり、昭和五九年分の総所得金額は、同年分の控除前所得金額から伸子の事業専従者控除額四五万円を控除した六四一万五三九八円となる。
三 結論
以上によれば、本件各更正のうち、総所得金額が、昭和五八年分については八八二万〇二八九円、昭和五九年分については六四一万五三九八円、昭和六〇年分については六七四万一〇〇七円を超える部分は、いずれも控訴人の所得を過大に認定したものであるから違法であり、また、本件各賦課決定のうち、右各総所得金額を超える部分に対応する部分は違法であって、控訴人の本件請求は、本件処分のうち右各総所得金額を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、控訴人の本件請求を右の限度で認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 古賀寛 裁判官 吉田京子)
(各年分仕入金額明細表)
<省略>
売れ残り品一覧表一
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売れ残り品一覧表二
<省略>
売れ残り品一覧表三
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